昭和52年12月02日 朝の御理解
御理解 第46節
「痛いのが治ったので、有り難いのではない。いつもまめなが有り難いのぞ。」
わたしは今日はこの、しじゅうろく節というのは、いつもご神徳を受けるチャンスというのはある。大体はお徳を受けると言う様なチャンスは、そういつもざらにはない。ま、さまざまな問題が起こったり、もうそれこそ目の前が真っ黒うなるようなことが起こった時、日頃の信心にものいわせて、そういう大きなたとえば、お試しであろうが、難儀であろうが、それを見事に受け抜かせて頂いた時に、初めてお徳が受けられるというふうに、言われております。
難儀が続く。その難儀をただ有り難いの一念で、受け抜かせて頂く向こうに、めぐりのお取り払いも頂いておる。めぐりのお取り払いを、頂いたと思うた時には、もうお徳が受けられとるというのです。だからその難儀な時というか、目の前が真っ黒うなる様な事が、起こってくるとかという時こそが、本当はお徳を受けるチャンスだと。なかなかやはり目の前が真っ黒うなるような時には、目の前が真っ黒うなってしもうて、先に進むことができなかったり。
難儀が続くとこれほど信心するのに、どうしてこういう難儀なことが続くであろうかと、思うて信心に色彩をなくしてしまう。生き生きしたものをなくしてしまう。ですから、お徳というのは、いつもざらにご神徳が受けられると言う事ではない。もったいないお徳が受けられる、折角のチャンスを頂いておるのに、それをおろそかにしては、勿体無いと言う事をね、常日頃分かっとかなきゃいけん。
確かにそうです。これはまあ私し自身の事を思うてみましても、やはりそうです。ほんとに普通でいうなら血の涙の出るような思いをするところを、御神意を分からして頂いて、神様がこんなにして、力を下さろうとすると言う事が分かると、お礼を言わなければおられなかったし、大坪さんがおかげを頂きなさらんはずはないと、みんなに言われまた私もそれを思うておったがま、今から考えるとあのくらいな信心で、まようあんなこと思うておったと思うけれども、とにかく私なりにつういっぱいであった。
信心しておってもいうならば、一家中が裸で引き揚げて帰ってこらなければならかったり、次々と兄弟の不幸があったり、長い間お酒の配給店であったのが、まあそれだけが生活のまいわば頼りになるお商売というのは、その酒の配給と言う事でま、十人ぐらいの家族ならばま、細々とそれを守ってさえいきゃ、生活は出来ると言う様な、(笑)その酒屋をです、やめなければならない様な事になったり。
ほんとに私しは思うんですけども、あの時分私し共がこちらへ、帰らして頂きましてすぐお酒の配給の、配給店がおいすぎるというので、草野の町でも何軒かとこう言う事になったんです。実績は私しの方が沢山あったけれども、椛目というへん地な所ですから、十四五軒ですかね、今はだいぶん増えとりますけども。その十四五軒ぐらいの所に、配給店が一つあったんじゃもう非常に、もう矢作(やはぎ)から下ってこんならん、島(しま)という所から、私の方へ配給取りにこんならん。
それで大変その便利が悪い。それでもやはり、その配給店を残すのは、なんでしたからね、あの投票でしたから。それ私忘れもしませんが、内田の所のお父さん、言われました。「島やら矢作のもんが言いよるち、もう椛目はどうも配給<店>が、その遠かけんで、矢作から一下り下ってこんならん、島からはまた椛目まで出てこにゃならん、それでもう、矢作にも島にもありましたから、それをあのうまあ一番椛目が便利が悪いんです、というふうに言いよるから、もう投票は違わんごと少なかろうと。
それでタオルの一筋づつも、あのう配ってから、ひとつ今んうちに頼みに行かれたらどうですか」と言うて、もしきりに言うて下さった。あの内田さんが聞いてきてね。ところがもう私しの、その考え方というものは、そげなことして残らんでんよか、神様が下さるなら頂こう。またタオルの一本持って行って、あのう配給店に残る、あのそんなことない。まある意味合いで自身があったわけですね。
同時に私しのそのま、一徹なですか神様にお願いをしてあるのだから、親先生にちゃんと毎日お取次頂いてお願いをしておるのであるからおかげ頂いた、でなからなければタオル一本づつ配ったけん、うちに投票してもろうたと言う様な事では、あたしの気持ちが許さなかったわけです。そしていよいよ投票。開けてみたところがうちが一番少なかったわけ。もそん時私しは思いましたですね。ほう神様がもうその、大きな願いは持っとるわけですからね、そら裸で引き揚げて帰ってきた。何にか商売さしてもらおう、とても酒の配給店ぐらいじゃ大したことなかけん、何にかお商売でもさしてもろうて、まあそれこそ大きな御用でもできる、商売人にならせて頂こうというのが、願いの底にありましたから。 はあ神様はこれは、酒屋てんなんてんよりか、もっと良い商売を与えて下さるな、これが実感でした。
それで早速親教会、そのことのお届けをさして頂きましたら、親先生が「そらどうすんの」と言われましたです。あたしはほんとにね、あのもうそげなこと、もういっちょもどうすんのという気持ちあたしなかったです。けども親先生はもう一生懸命お願いして、あのう配給店に残ることを願っとって下さるし、けれどもお届けに出た時の気持ちがね、あの気持ちが次のお徳を受ける、もう姿勢ができておったと思うですね。
例えば難儀これで神様どげな力を、与えて下さろうとしておるだろうかと、言う様な思い方が即出来るような日頃信心しておかなければだめです。まあそれからの苦労というものは、まあ目も当てられぬような苦労でしたよね。やっぱり。これ以上の貧乏はもうあるまいと思われるくらいな、まあ難儀をいたしましたけれどもです。そのいうなら目の前が、親先生がそらどうすんの、と言われるような時に私しの心ん中は、神様がより適当なあたしに適したお商売を下さるんだと。
それを確信しておったから、そのへんのところがそら困ったとか、しもうたと言う事はひとつもございませんでした。そしてあの闇の闇商人ですたいね、いわゆるほとんど繊維がほとんどてしたけれども、あの闇商売を始めたんです。そしてそれが大変当たったかのようにあって、またいよいよいけなくなって、そしていよいよほんとの御神意がそのようにして、段々叶えられて来た。
そりゃもう、置いたものを取るようなおかげでしたね、お取次を頂いてお願いをすると。だからもう、あたくしはあの時分に、神様の間違いなさ、一分一厘間違いないと言う事は分かった様な気が痛します。そして今度は反対に一分一厘間違いのない働きが、悪い意味合いで起こって参りました。引っ掛るいろんな闇ですからね。あの経済が引っ掛る。色々なもう中に一番悪かったのは、進駐軍の品物を扱って、それがあのこれはひょっとすると、あの時分な沖縄にやられるというほどしの、大変な事でした。
けれどももうぎりぎり紙一重っという時になってから、そのおかげがですね私し今もほんと忘れませんが、あすこは県庁の裏あたりに確か、あのなんか進駐軍の大きなあれがありましたもん。そこに呼ばれて行って今日がいよいよ決定という時に、確かにあの沢山の書類がその為に出来とったんですよ。所がもうどげん探してもどげん探してもそれがないとですけん。それでまた来てくれっちゅうてからもうそれっきりでした。
もうああいうもうもうそう言う様な事がいつもでした。いよいよぎりぎり繊維扱っている事が分かって、検事局まで行ってそしてその検事局で、あのあんたふのよかやっちゃあるの、とちゅうごたるふうなおかげ頂いた。ほらもう検察に呼ばれて、もうえらいいろんな誘導尋問やらにかけられて、あたしが毛糸を沢山扱った時なんかはもう、ほんとにもう、これでもう罰金取らるるならしまえるていうぐらいな、大きな事でしたけれども、おかげ頂きました。
しかし神様を頂いておると言う事は安心ですね。私しはこん時なんか警察に呼ばれてもう、しつこくそのもう周囲のあんたが、ここからこちらの方に毛糸が沢山ございましたから、その毛糸を全部運ぶんですね福岡の方へ。そしてあちらの闇市場でばあっと流すんです。私しの店の人たちゃこのくらいのちいさいカパンに入れたぐらいしか運びゃきらんでした。それでもやっぱひようになりよったです。それを私しはあの、十ポンド入りを両方下げていきよったですけん。
あたしゃ引っ掛らんとこう思うとるわけですね。ですからもう堂々と持って行きよるけんだあれも調べもしません。そういうなのがあの渡辺通りの、一丁目に闇市場がありました。あちらからこう浮羽郡の方からどんどん毛糸運びよるやつがおるが、というのが目をつけられたわけです。そして呼ばれたんです。そしてもう一時間ばっかりしんからしぼられ、あげんとがしぼられるちいうとじゃろばってん、私の気持ちの中にひとっつもその、びくびくするものがないわけです。
それであのじらせるわけですね調べながら。そうすとあれだけでも根負けしてから、もうほんなこつやっぱみんなが言うじゃろうと思います。その時分あたくしは飯田にたくっさん、いわば隠匿買い貯めて隠匿しとったんです。飯田の江上さんていう人のとこのうちに、けれども私しはもう知らん存ぜぬで、通さしてもうあんたがそげん言うならば、あたしだん御飯食べ、弁当御飯食べてくるけんいっときここに待たんのちゅうて、その言われた時に私しは、久留米の警察から自転車ですからねその時分。
善導寺教会まであのお届けにいきました。実はこんなことになっておりますからと。それからまた一生懸命、三里の道を警察まで行って。ところがそのう来まっしぇんもんいうならおりましぇんもん。それからあたしはそこで待っとったばってんか、やっぱ疲れで眠ってしもうとりますたい。その台の上でうっついて眠ってしもうとる。したらもう随分時間がたってから、私しが肩をこうぽんぽん叩きよりますもん。(笑い)したらその調べる警察官じゃったです。
もうあんたばっかりは条件におよばん。来たならここにおりもなんもせんでち、こう言うわけです。いや実際あたしはその濡れ衣を着せられとる、と言う事がね残念じゃからあたしゃ金光様の信心をするから、神様にお願いに行っとったて、そのままを話しました。善導寺まで。あんた善導寺までも行かんでん、久留米に何軒でんあるじゃんの、ちから言いますもん。そらやっぱ手続き手続きちうがあって、あたしゃ草野の人間ですから、善導寺の教会におかげを頂きよるけんあすこまでお願いに行ったち。
もうそれっきりでした。も第一ですね。そのそう言う大変な調べを受けとってから、ぐうぐう眠ったちゅうとがもう、そのとてもそげな悪かことしとんなら、とてもここでは眠られはせんと思うたらしいですね。もうぐうぐう言うちから寝とるもんだけん。(笑い)そこんにきのタイミングがですね、もうそう一時が万事にそういうおかげでした。私しがその時分に闇で引っ掛って、おかげ頂いたとが一年後におかげになったと言った様な事なんかの、話しはもういくらもあるです。
あの大阪に仕入れに行ってから、沢山持って帰っとると、いうなら私し絹のかやをたくさん仕入れて帰って、絹のかやですから両方に持っときゃ相当の金額がたあるわけです。それにタオルとかミシン糸とかを仕入れてきとるです。もう何回も何回も警察が通っていきよりますもん。けんそら何ですかち言うけん、こりゃ紙のかやですち私しが言うた。紙で作ったかやがあったですからね。ああそうですかち言うちから、なんべんでん来ます。ほんなそして、あの下関と山口あの門司の間で警察官が替わりますよね。
それでどうもあれはおかしいけんで、まいっぺん調べちみてくれとなんかち言うたごたるふうですたい。その渡す時に。そして調べたところが絹のかやじゃったわけ。これは紙ですよち。そうですかこれは紙の知らんとです、ようと分からんです。でごまかそうと思いよったばって、とうとごまかされんで、とにかく降りてくれで降りましたたい。そしてもういちんちしぼられました。したらそげん時でもですね、そげんはれんち罪じゃなかけん心配せんでよかがの、あたしゃ草野の吉木の人間ち。
すぐあたしの上のどの位離れとるから分かりませんけどね。だからいくら調べたっちゃそげんあんた、心配せんでよかがのち、言うちくれるやつがそばにおるんですね。もう心づよかです。それでようようま帰らせて頂きましたがね、(笑い)そして一年目に警察から葉書がきました。ほらもう丁寧な言葉でですね、すいませんが何月なんちの日に、あのう出て来て頂けんだろか、御相談したいことがあるからというわけなんです。
その日がなんと丁度小倉の、春か秋の御大祭の日でした。ああおかげ頂いた。わざわざじゃなかなか参りきらんばってんですね、こらお参りが出来ると思うてまず、その警察の方へやらして頂きましたら、そのえらい待遇がいいですもんね。どうぞちうてから応接間に通されましたもん。(笑い)それが今日は実は大坪さん、あんたにお願いがあるちこう言うわけですよ。それはどう言う事でしょうかと言うたら、実はねそういうあのう没収しておる品物の倉庫があるとが破られてから泥棒におうとるわけですたい。
それであなたの品物の一部が、その盗難におうとると言う訳です。だからもうあたしに返すこともできなければどうにも警察としては出来ない事になった。それでこのままあのあなたに渡すから、これで納めといてくれないかという話。もうほんとにもう夢のような話ですよ。はらもうこっちは有り難うしてこたえんから、そのかくはあおった人たちに、そのタオルのごたっとはやってきました。もうあなた十倍ぐらい上がっとったですけん。一年後には。
それでもうそして帰りがけには、これは闇の品物じゃないという証明まで書いてくれました。(笑い)警察で。そして小倉の御大祭を頂いて、もう小倉の闇市場で全部売ってさばいてきましたから、丁度そん時に二万何千円、その時分二万という金は大きいですからね、もうどうにもでけん支払をしなきゃならんそれだけの金額でした。だからねもう一年も前から神様が準備しておって下さる事が分かるでしょう。
そう言う事があの置いたものを取る様におかげを頂いても、神様の間違いなさが分かったけれども、反対の方の場合であってもそうでした。だから一番始めに酒屋ができないという時にです。親先生がそらどうすんのと言われる様な事であっても、あたしゃよりおかげを下さるための働きと、そう言う風に頂いておったんです。今日はま横道にそれましたけれども四十六節というのは、いつでもお徳を受ける機会、六(禄)というのは徳。しじゅうと言う事はいつでもと。いつでもお徳が受けられると言う事なんです。
そこでです。いつでもならお徳が受けられる受け方というのはどう言う事かと。なら今日はあたくし、みなさんに聞いて頂いたのは、お徳というものはそういつもてんばらやすう頂けれるチャンスというものはないんだと。目の前が真っ黒うなる様な事が起こってきたり難儀が続いたり、その続く難儀を有り難しと受けていく、目の前が真っ黒うなるようなことの時でも驚かんですむ信心。そこにもう次の飛躍が信心の飛躍があり、はぁああいう時に力を受けたんだなお徳を受けたんだなと言う事になるのです。
けれども私はきょうはこの、四十六節と言う事はです。痛いのが治ったのが、有り難いのではない、いつもまめなのが有り難いのぞと。さあ人のせんごたる病気を例えばしたと致しましょうか。痛い思いをする様な事が起こったと致しましょうか。それで一心にお願いをしておかげを頂いた、というのはおかげを頂いただけのこと。よりかそう言う事ではない、いうならば平穏無事なら無事である時にです。心からお礼の言えれるような信心を頂くと言う事が、四十六節です。
こらちょっとお名前を申し上げられませんけども、二、三日もう前の事でしたけれど、ある人の連れて参ってくれという人があるから連れて参って、ここに参ってきよった、自動車で朝の御祈念に。そしたらその相手の人があら何ですかね、ヘロイン若いものが飲むとはあら何だったか、あのヘロインのような、なんかそれをねその人がね、その途中で唐島あたりで止めちから、そしてからそれをこうかませてね。
そん時その方がもう髪乱してここに出て見えてからもう、そのほんとに今日はもう命拾いしたと言うて御届けされるんです。それがもういよいよ殺されると思うたと言うんです。そう言う事がありますばい。それが知った人ですよ。そん自動車のそれが連れて参ってくれとこう言うとじゃ。そりけんそんならああた車持ってきて、それに乗せていってもらおうというて途中で止めてから、そういう悪い事を。
もうそれこそ死にものぐるいでね、死にものぐるいで、その自動車をころびおてるごとしておてたところに、ぱあっとその来て止まった自動車があってね、その自動車に拾われてここに参ってきた。そして先日その翌日、その方がその久留米に勤めておられる方、と言う事だけは分かって、まるまるという会社に勤めておると言う事だけだけれども、まあそしてほんとにあの命の恩人ような方だから。
お礼に行きたいからそらまそらその会社に電話でもかけて、こちらの方からこんなふうな人がまいって、勤めておられると言う事を言やぁ調べがついて分かりもしょうから、そらお礼に行きなさるがほんとでしょうねと言うて、申しましたことでしたけれどもですよ。もうそれこそ探しまわってもうやっぱ上がってしもうてから、その自動車のナンバーも名前聞くのも忘れちゃるわけたい。
そらそうでしょうね。もういよいよ殺されると思うたと。そしたらその悪い事した人は、もう帰りがけにそこに手紙が置いてあったが、もうこんな悪い事したから、もうこっちにはおられんから、どこにか行くと言った様な置き手紙をして書いちゃる。あくる日その手紙を持ってきて見せて頂きました。何回かここに参ってきた方なんですよ。やっぱその方のお導きで。それで連れて参ってくれというからそう言う事だったんです。もういよいよ今日は殺されるとこう思うた。それをおかげ頂いた。
そこでその助けて頂いた人を尋ね求めしてからでも、お礼に行きたいというのです。あたしは今日は、今日の御理解のポイントになるとこはここなんです。もうそれこそもうあたぁりまえのごと皆さんこうやって朝参りがでけておられると言う事。また人に乗せてもらってきて、ある場合は全然知らん人が、どうぞというて乗せられ、はあお繰り合わせ頂いたで、乗ってきよんなはっでしょうが。だからそう言う事ではない、いつも平穏無事でね、お参りがでけておる健康である、なんでもなかったという時にです。
それこそ捜し求めしてからでも、お礼に行くごたる心持ちができたら、もういつーもお徳を受けるチャンスだと言う事です。はあほんとに信心させて頂とるから、毎日家庭も円満だし健康もおかげ頂いて、健康の上にも、経済の上にも人間関係の上にも、家庭円満のおかげを頂き、体の丈夫のおかげを頂き、おかげで経済の上にもお繰り合わせを頂いておる。もうほんとにこげな有り難いことはない、とこう言っておるわけ。
だからそのこげな有り難いことはないというその有り難いがです。なにかの形に表されて、それこそどうかして探してでも、その人のところにお礼にいかにゃおれんと言う様な、心の状態がもし開けたらとするならば、もう平穏無事でいつも、けっこうな中にあって、そしてお徳をいよいよ受けていく、いわゆる始終お徳を受けるチャンスというのはいつもであると言う事が分かります。
ところが反対に平穏無事であったり、もう願うことがなかごとなってくると、却って信心がずるけてしまう位な事では、いよいよお徳が受けられんと言う事が分かるですね。そしてなにか命に関わる様な事になっておかげを頂いた時は、広大なおかげを頂いて有り難いというて、まわざわざいろいろに工夫して、お供えのひとつもさせてもろうたり、お礼に行ったりする。だからそう言う事がです。
平穏無事の時に出来るような、信心を頂いたら四十六節である。いつうもお徳が受けられると言う事。だからそういう信心を私し共はいよいよ目指さなけれりゃならない。信心のこれはだからね、ほんとにあのもうほんとに、お参りをせずにはおられない。おかげを受けておると言う事が。心のどこかにゃあれも頼まんなん、ここも願わんなんけんま、眠かばってん辛抱して参りよると言う様なもんじゃなくてです。
そこまで高められた時です。お徳を受ける機会というのは、もういつもざらにあるもんじゃないと言う事と同時にです。本当はほんとのそういう信心が分かったら、いつうもがお徳を受けるチャンスであると言う事を。今日はそこんところだけは聞いて頂きたかったですけれどもね。私しの過去のならお商売をさしてもらい、闇商売しておった時分の話を聞いて頂いて、それは私しがどんな場合であってもです。
それがおかげになるとすぐこれに頂けておるだけの信心がでけておったと言う事は、今にして思うとほんとにおかげ頂いとったなあとこう思うです。ですから、あのその都度都度に私しは力を頂いて来た様に思う。だからそういう意味ではなくて、いつもお徳を頂かして頂けれるチャンス。それはそれこそ有り難いが満ち溢れておらなければならない。信心生活とは喜びに満ちた生活を信心生活。
だから今日の御理解はその、満ちただけじゃないそれが溢れておる。そして捜し求めてからでも、その人のところにお礼にいかにゃおられん、と言った様な信心がでけた時です。いうならばそれを示現活動という言葉にかえても良い。この喜びがこの溢れるようなものがです。示現活動にでも参画さして、もらわなければおられないと言う様な、働きになってきた時に、いつもお徳を受けれるチャンスが、そこにあると言う事を、今日は聞いて頂いたですね。
どうぞ。
以下は御理解後に音声の中に入っていた内容
あぁあのなんでした。あのシンナー、シンナー。うん。シンナーをねだからこの口にくわえてじゃろ、どっかかませられたらやっぱどうか、どげんかなるとじゃろあれは。それはそればってんそうにゃえすかったろと思いました。ここへお届けに出てみえた時のその模様がですね。だからもういよいよ今日は殺さるると思ったち。うんそればってんほんーと知ったやつでんそげなこっじゃけんほんなごて、おかげ頂かなでけんですのうや。はあ。
どうぞ。